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東京地方裁判所 平成2年(ワ)11422号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金九五六九万円及びこれに対する平成二年一〇月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告との間で「パッケージローンタイムリー予約型」との名称の金融商品(以下、「本件商品」という。)につき契約を結んだ原告が、被告の支店長及び融資担当者が原告に対し右契約の危険性を十分説明せず、これによつて低利の資金調達が可能であるかのように述べたため、原告において、円安になつた場合に右契約上発生する損失に関する危険性を十分理解しないまま右契約を結び、その結果、円安により九五六九万円の為替差損を被つたとして、不法行為を理由に、被告に対し、右損害の賠償とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である平成二年一〇月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  本件契約の締結

原告は、平成元年一二月二一日、被告原宿支店との間で、本件商品につき、次の(1)及び(2)の内容からなる契約を締結した(以下、「本件契約」という。)。

(1) 原告は、被告から、次の約定で、七〇〇万米ドルを借り入れる(インパクトローン予約付)。

借入日 平成元年一二月二六日

返済期日 平成二年三月二六日

借入時の円転レート 一ドル=一四四円六五銭(以下、為替レートの「一ドル=」の記載を省略する。)

借入時円貨額 一〇億一二五五万円

ドル金利 年九・〇六二五パーセント

元利合計 七一五万八五九三・七五米ドル

返済時の外転レート 一四三円三三銭

返済時円貨額 一〇億二六〇四万一二四二円

円の実質調達金利 年五・四〇パーセント

(2) 原告は被告に対し、次の約定で、七〇〇万米ドルを輸出する(売り渡す)ことを予約する(ドル先物売り予約)。

契約価格 一四二円七五銭

行使期日 平成二年三月二二日

受渡期日 同月二六日

目標相場 一三九円七五銭

付帯条件 1 行使期日のドル円相場が、契約価格の一四二円七五銭よりドル安円高になつていた場合は、原告はドルの売り渡しをすることはできない。

同 2 行使期日のドル円相場が、契約価格の一四二円七五銭よりドル高円安になつていた場合は、原告は七〇〇万米ドルを契約価格の一四二円七五銭で売り渡す義務がある。

特約 行使期日までにドル円相場が目標相場の一三九円七五銭を一度でも超えるドル安円高となつた場合は、このドル先物売り予約は消滅する。

2  本件商品の内容

(1) 本件商品は、為替相場の変動を利用し、被告から金員を借り入れる顧客(以下、「借主」という。)が、実質上低利で円を利用することができることを目的として開発された金融商品の一つである。

右商品は、返済期日の外転レートの予約が付けられたドル建て貸付(インパクトローン予約付)と、ドル先物売買予約とが組み合わさつてできている。ドル先物売買予約を組み合わせたことの効果として、インパクトローン借入時の円転レートが借主に有利に設定されている。

(2) 本件商品を利用する借主は、被告との間で、インパクトローン予約付の契約を結ぶと同時に、これと併せて、行使期日までの為替相場の見通しに応じ、円高を予想する場合には、あらかじめ定めた契約価格で行使期日に借主がドルを売る輸出予約型のドル先物売買予約を結び、円安を予想する場合には、あらかじめ定めた契約価格で行使期日に借主がドルを買う輸入予約型のドル先物売買予約を結ぶこととされている。

(3) 本件商品中のインパクトローン予約付は、前記(1)のとおり、円に換算した場合の実質金利が低利に確定している。

また、本件商品中のドル先物売買予約は、為替相場が、行使期日までに一度でも目標相場を達成した場合は、その時点でドル先物売買予約が消滅し、また、行使期日までに目標相場を達成せずに右予約が消滅しなかつた場合でも、行使期日に契約価格を達成すれば、借主はドル先物売買予約によりドルの売却(輸出予約型)又は買い入れ(輸入予約型)をすることができないこととされている。

(4) たとえば、借主が円高を予測することで本件商品のドル先物売買予約につき輸出予約型を選択した場合には、右予測どおり行使期日までにドル円相場が目標相場を一度でも超える円高となつたとき、又は輸出予約の行使期日にドル円相場が契約価格を超える円高になつたときは、借主はドルを契約価格で売ることはせずインパクトローンの返済のみをすることとなる。

(5) しかし、借主が輸出予約型を選択した場合であつても、円高予測がはずれて行使期日までにドル円相場が目標相場を超える円高とならず、かつ、行使期日にドル円相場が契約価格より円安となつていたときは、借主は、右インパクトローンの返済をするほか、受渡期日に被告に対し、あらかじめ定めた契約価格でドルを売る義務がある。

右のように、借主がドルを契約価格で被告に売り渡すに際して、為替市場からドルを購入する場合は、借主は、インパクトローンの確定利息を支払うのとは別途に、市場調達価格と契約価格との差額を為替差損として被ることとなる。

(6) しかし、受渡期日に借主がドルを売るべき場合であつても、借主は、市場からドルを購入することをせず、ドルを、オープンインパクトローン(返済期日におけるドル外転レートの予約のないドル建て貸付)で借り入れて入手し、これを契約価格で売ることにより、為替差損を現実に被ることを回避することができる。なお、このオープンインパクトローンを利用した場合は、為替差損は含み損となり、その後の円高を待つてこれを返済すれば為替差益を得ることもできる。

3  ドル円相場の推移

原告は、本件契約に基づき、被告から、平成元年一二月二六日、七〇〇万米ドルを借り入れた。しかし、同日から行使期日である平成二年三月二二日までに、原告の予測に反してドル円相場は一度も目標相場を超える円高とならず、また、行使期日におけるドル円相場も、契約価格より円安の状態であつた。

4  本件契約の決済

原告は、平成二年三月二六日の本件契約の返済期日(受渡期日)に、インパクトローンを返済し、かつ、オープンインパクトローンを利用せずに為替市場から七〇〇万米ドルを購入してこれを契約価格で被告に売り渡した。

右七〇〇万米ドルの購入及び売却により、原告は、市場調達価格の一五六円四二銭と契約価格の一四二円七五銭との差額九五六九万円を、為替差損として被つた。

二  争点

1  被告の担当者が原告に対してした本件契約の紹介、説明行為の内容はどうであつたか。

2  右紹介、説明行為は、社会通念上、銀行員が取引のため顧客に対してする行為として、違法性を有するか否か。

第三  争点に対する判断

一  争点1(紹介、説明行為の内容)について

1  前記第二、一争いのない事実等記載の事実及び《証拠略》によれば、本件契約に至る経緯及び本件契約決済までの状況は次のとおりであつたことが認められる。

(一) 原告は、不動産の賃貸、売買及びそれらの仲介等を業とする不動産会社であり、昭和六〇年一二月一八日の設立以来、被告原宿支店を唯一の取引銀行としていた。

原告は、平成元年一一月ころまでに、自社ビル購入のための資金等として、被告から、約二〇億円を借り入れていた。

原告は、平成元年に入り銀行の貸付金利が上昇したのに、一年分の金利を前払いしていることを理由に被告からの差額金利の支払要請を拒んできたが、次第に抗しきれなくなり、同年一一月、被告に対し、差額金利の一部を支払つたものの、なお、金利の上昇傾向のために未払金利を支払う必要があつた。

そこで、原告の代表取締役である刈谷正明(以下、「刈谷」という。)は、そのころ、原告担当の被告原宿支店融資課支店長代理菅野三男(以下、「菅野」という。)に対し、円建て借入金の金利が上昇したことへの対策として、低利で資金を調達できる金融商品を紹介するよう求めた。

これを受けて、菅野は、そのころ、刈谷に対し、円建て融資にオーストラリアドルの通貨予約を組み合わせることで実質金利の引下げを狙う「コアラ」と称する金融商品を紹介し、原告の長島会計士を交えて円建ての貸付金を右商品に切り換える話を進めたが、途中オーストラリアドルが高騰したことから、右契約の締結には至らなかつた。

(二) そこで、菅野は、「コアラ」に代わり実質金利年五・四パーセントでの資金調達が可能な金融商品として、平成元年一二月中旬ころ、刈谷に対し、本件商品の輸出予約型を提案した。

その際、菅野は、刈谷に対し、輸出予約型の本件商品で七〇〇万米ドルを借り入れた場合の例を当時の為替相場の数字を基礎に具体的に記載した書面を示し、右商品が円高の為替相場観を基調に、円高になると年五・四パーセントの低金利を享受できる仕組みとなつた商品で、ドル建てインパクトローンの予約付とドル先物売り予約とが組み合わさつていること、インパクトローンについては実質調達コストが年五・四パーセントの低利に確定しており、三か月先の行使期日までに円相場が目標相場を一度でも超える円高となつた場合又はドル売り予約の行使期日に円相場が契約価格を超える円高となつた場合には、借主は右インパクトローンの年五・四パーセントの金利負担のみで済むこと、しかし、行使期日までに円相場が目標相場を超える円高とならず、かつ、行使期日にも円相場が契約価格より円安となつた場合には、借主は契約価格でドルを売り渡す義務があり、その際借主は、右インパクトローンの確定金利を負担するのとは別に、為替市場からドルを調達することで、調達価格と契約価格との差額につき為替差損を被ること、しかし、予測に反して円安になつた際も、市場からドルを購入せず、ドル建てのオープンインパクトローンでドルを借り入れてこれを被告に売り渡すことにより、実損の発生を回避することができ、含み損として、節税の効果もあり、その後の円相場の動向次第では為替差益も期待できることを説明した。

(三) 刈谷は、右説明を受けて菅野に対し、自分も為替動向は円高の見通しを待つており、右商品の内容を理解したとして、長島会計士に右商品を説明するファックスを送信しておくよう求めた。

菅野は、右会計士に説明用のファックスを送信し、詳細な説明をすることを伝えたが、同人からは、刈谷が理解しているのであればそれでよいとの回答がされた。

(四) 被告原宿支店長(当時)の岡崎和美(以下、「岡崎支店長」という。)は、菅野から右報告を受けると、本件商品が為替差損の発生の危険を伴う商品であることから、原告の取引意思の確認のため、平成元年一二月二〇日ころ、原告の事務所に刈谷を訪ねた。

その際、岡崎支店長は、刈谷に対し、菅野が紹介した商品が円高狙いの商品で、為替差損が発生する危険性のあるものであることを、「社長、この商品はリスクがありますよ。円高狙いの商品ですよ。もし、一円ぶれても七〇〇万ぶつとびますよ。」との言葉で説明し、狙いどおり円高になつた場合につき、「三か月の間に一回だけでもバーより円高になれば、インパクトローンの五・四パーセントの金利の負担のみで終わり、最終日に円高になつていても五・四パーセントの金利で終わる。」旨説明した。また、円安になつた場合についても、「一円ぶれると七〇〇万ぶつとびますので、オープンインパクトローンに切り替えましよう。」と説明し、為替差損が出た場合には節税のため利用できるかとの刈谷の質問に対し、含み損として節税効果を期待できる旨答えた。

刈谷は、自分も円高基調の予測をしているとしながらも、岡崎支店長に対し、仮に円安になつた場合でも、原告は今期三億円の利益が見込まれるから、四月の決算に節税のため含み損を利用することができる旨述べた。

(五) 原告と被告は、平成元年一二月二一日、本件契約を締結した。

(六) 平成元年一二月二六日、被告から原告に対し、本件契約中の七〇〇万米ドルの貸付がされ、原告は、同日右借入金を、被告に対する円建て借入金のうち約一〇億円の返済に充てた。

刈谷は、右七〇〇万米ドルの貸付けを受けるに際し、菅野の求めで、原告の代表取締役として、「パッケージローンタイムリー導入に関する念書」と題する念書を作成し、被告に差し入れた。

右書面には、「私はパッケージローンタイムリーの仕組み及び現局面での具体的リスクの度合いを十分理解しており、パッケージローンタイムリーの導入に伴つて発生する為替差損のリスクは一切私の責任に帰属するものです。」との記載がある。

刈谷は、右念書を作成した際、菅野に対し、為替差損が発生したら全部原告の責任になるのかと聞き、菅野から、そうであるとの返事を受けた。

なお、岡崎支店長は、前記(四)のとおり直接刈谷に対し、本件契約の締結意思や本件契約内容の理解につき確認していたことから、刈谷が右念書を入れる必要はない旨刈谷と菅野に述べたが、菅野は独自の判断から、刈谷に右念書を作成させた。

(七) その後為替相場は円安傾向にあつたが、刈谷はなおも近々円高となると予測し、自己の判断で、原告の円建て借入金残金約一〇億円につき、平成二年一月から同年二月にかけ、三回にわたり、二〇〇万ドルずつ、合計六〇〇万ドルのオープンインパクトローンに借り換えることを被告に申し込み、岡崎支店長は、その都度右借り換えに応じた。刈谷は、右申込みに際して、右オープンインパクトローンの返済期日の円相場が円安になつていれば、借入時との差額につき原告に為替差損を生じること、しかし、また、そうであつても、返済期日にオープンインパクトローンに切り換えれば含み損となり、実損の発生を回避できることを理解していた。

(八) 本件契約締結後も、刈谷と菅野は週に一度は為替相場の話をしており、刈谷は、右(七)により三回にわたり円建て債務をオープンインパクトローンに借り換える際も、為替相場を確認し、自分で指し値をした。

また、刈谷は、平成二年二月上旬、菅野に対し、本件契約及びそのころまでに借り入れていたオープンインパクトローン四〇〇万ドルについての為替差損の額につき照会し、菅野は、合計三五〇〇万円ないし三六〇〇万円の差損を生じている旨答えた。

(九) 刈谷は、平成二年三月一二日、原宿支店に岡崎支店長を訪ね、相場見通しにつき意見を聞いた。

岡崎支店長は、刈谷に対し、行使期日には更に円安になりそうな見通しであることを伝え、このまま行つたら七〇〇〇万円程度の為替差損を生じるので、オープンインパクトローンに切り替えて含み損とし節税に充てるしかない旨説明し、刈谷もそうするしかない旨答えた。

その際、刈谷は、岡崎支店長の問いに答え、原告としては四月の決算で予定どおり三億円ないしはそれ以上の利益をあげることが可能であり、為替差損を含み損として節税のため利用することができる旨表明した。

(一〇) 菅野は、平成二年三月二二日の行使期日にも円相場が契約価格より円安であつたことから、刈谷に対し、オープンインパクトローンへの借換えの手続をとるよう連絡した。

しかし、刈谷は、今期は利益が出ているから借り替えずに決済する旨答えたため、菅野が、それでは八〇〇〇万円位の実損が出る旨告げると、刈谷は、初めてこれに異議を唱えた。

そこで、菅野は、同月二三日、刈谷を訪ね、長島会計士の同席のもとに、再度本件契約の内容につき説明をした。

しかし、刈谷は、その際初めて、円安の場合に原告が負担する金額は、年五・四パーセントの金利のほかには、インパクトローン借入れ時の円転レート一四四円六五銭と契約価格一四二円七五銭との差額に七〇〇万を乗じた一三三〇万円のみであるはずだとの独自の見解を述べ、これに固執した。

(一一) そこで、岡崎支店長は、同日夜刈谷を訪ね、話し合いを持つた。しかし、刈谷は、本件商品には円安時の損害額についての歯止めがないから欠陥商品であると主張し、岡崎支店長の、一旦オープンインパクトローンへ借り換えてドルでの含み損とし、決算時の節税効果を図つた上、今後の円高を待つようにとの勧めを拒否し、長島会計士と相談の上、為替市場からドルを購入して本件契約を決済することとした。

(一二) ところで、被告は、本件契約上輸出予約のドルの買い手となつてはいるが、実際には、契約価格にてドルを原告から買い権利をドル先物売買の市場で売ることでその手数料を取得しているにすぎず、円安による為替差益を被告が享受しているものではない。

2  右認定の事実によれば、菅野及び岡崎支店長(以下、「菅野ら」という。)は、本件契約につき、行使期日までに円相場が目標相場を超える円高にならず、かつ、行使期日にも円相場が契約価格より円安となつた場合には、ドルの市場調達価格と契約価格との差額につき原告に為替差損を生じ、これが全部原告の負担となること、また、行使期日までに円高がいかに進行しても、本件契約により原告が受ける利益は実質年利五・四パーセントの金利を確保するにどとまることを、右契約の締結時までに刈谷に対し、書面及び口頭で十分説明していたものというべきである。

原告は、菅野らから原告のリスクに限度がない旨の説明がなかつたので、刈谷においては、円安の場合でも原告は一三三〇万円の限度で為替差損を負担するに止まると考えていた旨主張する。

しかし、刈谷は、原告代表者尋問中で、右主張に沿う供述をする一方、本件契約による金利の低減効果が一パーセント程度であるから、リスクも同程度であろうと考えた旨、右と異なる供述もしていること、同人が右一三三〇万円の根拠として述べる数字は何ら合理性のないこと、損害の限度額が定められているかどうかは原告にとつて極めて重要であり、右の限度額が定められていると考えたのであれば、あらかじめこれを菅野らに確認するはずであるのに、刈谷はそれをせず、同人がこれを口にしたのは行使期日後が初めてであること、刈谷は前記認定のとおり被告に念書を差し入れているが、右書面には為替差損の額に限度がある旨の記載はなく、差損が全部原告の負担であることが明らかにされていること等の事実に照らすと、刈谷が、円安の場合でも一三三〇万円を限度として為替差損を負担するに止まると考えていたとは認め難い。

また、原告は、菅野らが円高見通しの資料のみを刈谷に示して円高基調にあることを強調し、本件契約を締結するよう積極的に刈谷を勧誘した旨主張する。

しかし、菅野らが殊更に円高基調を強調することで、刈谷に対し、本件契約の締結を積極的に勧誘したと認めるべき証拠はない。

また、原告は、原告が本件契約により年五・四パーセントの実質金利を達成できることを菅野らにおいて暗黙裡に保証した旨主張するが、これを認めるべき証拠もない。

二  争点2(紹介、説明行為の違法性の有無)について

被告の担当者である菅野らが刈谷に対してした前記の本件契約の紹介、説明行為は、銀行員が本件契約締結のため顧客に対してするものとしては、相当であり、社会通念上何ら違法性を有するものではないというべきである。

原告は、刈谷においては為替取引の経験がなかつたのであるから、菅野らとしては、刈谷に対し、前記のような紹介、説明だけでなく、為替動向の予測が困難であること、円安の見方も存在することを教示すべきであつた旨主張する。

しかし、刈谷は、銀行から二〇億円もの借入れをして事業をしている経済人であり、円ドル相場がさまざまの要因で変動し、予測も困難で、その動向についてはさまざまの見方のあることを、常識として理解していると解されることからして、菅野らに、右事実を教示すべき義務があつたとまでは認め難い。

また、原告は、菅野らは刈谷に対し、本件契約の仕組みの詳細を十分説明すべきであつたと主張する。

しかし、本件契約の説明としては、原告の権利義務の内容とそれを基礎付ける条件に関わる前記第三、一1(二)及び(四)に認定の事実程度の説明をもつて十分というべきであり、これ以上に、被告が原告から取得した権利を市場で売却することや、円高の場合にも金利が年五・四パーセントに固定してしまう理由等の本件契約の仕組みの詳細についてまで具体的に説明する義務があるとは、にわかに認めることはできない。

三  結論

したがつて、菅野らが刈谷に対してした紹介、説明行為には、銀行員として社会通念上違法とされる点の存在を何ら認めることはできないから、これが違法であり不法行為を構成するとしてなす原告の本訴請求は、理由がない。

(裁判長裁判官 浜野 惺 裁判官 畑中芳子 裁判官 橋爪 進)

《当事者》

原告 株式会社共

右代表者代表取締役 刈谷正明

右訴訟代理人弁護士 馬場恒雄

被告 株式会社 三和銀行

右代表者代表取締役 安福照嘉

右訴訟代理人弁護士 丁野清春 同 野村重信

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